第2回 No.36 ヘ調のメロディー(ルビンシュタイン)
今回オススメの一曲は「へ調のメロディー」です。この飾り気のないタイトル。いったいどんなメロディーかと思いきや、聞けば「あぁ、この曲ね!」となる人は多いのではないでしょうか。きっとどこかで耳にしたことのある曲が、さりげなくラインナップされている。それが、全音ピースのあなどれないところ! というわけで、今回はこの「へ調のメロディー」についてお伝えします。
作曲者として表記されているA. Rubinstein。アントン・ルビンシュタインです。ピアニストで有名なアルトゥール・ルビンシュタインではないですよ。実はこちらのアントン、ロシア音楽史におけるキーパーソンなのです。ロシアで最初の音楽院(ペテルブルグ音楽院)を創設し、その第一期生のチャイコフスキーを教えています。また、彼の弟ニコライは、二つ目の音楽院(モスクワ音楽院)を創って、チャイコフスキーを教師に迎えています。のちに活躍したロシア人作曲家・演奏家たちは、だいたいどちらかの音楽院を卒業していますから(たとえばラフマニノフとスクリャービンはモスクワ音楽院ピアノ科の同級生!)、彼ら兄弟の功績なくしてロシア音楽の歴史は語れないのであります!!
・・・・・・と鼻息荒く書いたところで、このルビンシュタイン兄弟、今やほとんど忘れられております。ふたりとも優れたピアニストだったようですし、じつは作品もたくさん書いたようですが、あまり演奏されることもありません。切ない。
しかし、お兄ちゃんが書いたこの「へ調のメロディー」、今も多くの人の記憶にある調べではないでしょうか(たしか、ラジオ番組でも使用されていたように思います)。
こんなに愛らしく、素敵な曲なのに、どうも今ひとつ知名度が上がらないのは、もしかしてタイトルが地味だから?? ピース的人気曲の世界には、花や山や乙女や踊りなど、何かしらイメージをさせる曲名が多いものです。なのに、「へ調のメロディー」って・・・・・・。しかも長調なのに、なぜ「へ調」なのでしょう。長調か短調か判別できない現代曲でもあるまいし。
そして表紙をよく見ると、「OP.3-NO.1」とあります。そう。実はこの曲には、NO.2もあるのです。もともと二つあわせて「二つのメロディー」(やっぱりこれも地味なタイトル)。NO.2は「ロ調」だそうです。ほとんど知られていませんね。かたわれの「ロ調」、いったいいずこへ?
とまぁ、意外にもミステリアスな作品に思えてきたところで、ピースを手に取っていざ弾いてみましょう。おや? これはなかなかの弾き応えです。あのメインのメロディーは、どこまでも内声で歌われています。そしてやさしく包み込むような和音の響きは、なんと10度という広がり! さすがロシア。想定されている手の大きさ設定が、なにやら最初から違う気がしてまいりました。 というわけで、手の大きさに自信のある方、ぜひまろやかな音色での演奏に挑戦してみてください。
第2回 おわり
(No.036) ルビンシュタイン:ヘ調のメロディー
Level.C 菊倍判/6頁
音楽ライター、英語翻訳。1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒、同大学院音楽研究科修士課程修了。マッコーリー大学院翻訳通訳修了。音楽ライターとして『CDジャーナル』『ムジカノーヴァ』『ぴあクラシック』等の音楽誌、ローランド社の『RET’S PRESS』、CD、楽譜、演奏会プログラムノートなどを執筆するほか、全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)のウェブサイトにて記事を連載。著書に『あなたがピアノを続けるべき11の理由』(ヤマハ・ミュージック・メディア)。全音楽譜出版社、音楽之友社の出版譜等の作曲者解説の英語訳を行う。